休業要請と補償をワンセットにするのは間違ってる。

コロナ禍で、休業要請すると補償するのが当然と考えるのは間違いです。倫理学から言うと、他者の危害になる場合は、自己決定権が制限されるのは、基本原則です。自由を享受できるためには、その限界も合わせて承認しているはずなんです。

それは小学校の低学年でさえ知っています。木に登っているのを、「危ないよ」と大人に注意されて、「ひとに迷惑かけてないからいいじゃない」くらいの理屈をこねる子はいますね。これは他者危害原則に抵触しないと、言ってるんです。
 国が休業要請するのは、コロナがうつる(他者危害になる)からです。そういう場合は休業(自己決定権が制限される)のは当たり前ですから、受け入れるのが当然なのです。休業要請するから、補償する、と言うのは倫理学的には破綻した考え方だと思います。

「それじゃあ困る人が大勢出るし、結局、国の経済が崩壊するじゃないか」、という意見が起こってくるでしょう。もっともです。だから休業要請⇒補償、が間違いで、休業要請⇒経済の混乱・失業者の増大⇒補償、ならいいんです。

「ただの理屈だ。結果は同じじゃないか」と言う人もいるでしょうが、それはちがいます。理由は2つです。①「休業要請するから」補償するのと、「経済的な混乱が起こるから」補償するのでは、補償の相手、範囲、規模が異なってくるはずです。「休業要請するから」という考えは、枠が大きすぎて、あいまいです。これが補償に際しての混乱のひとつの原因のようにも感じています。

 ②自由はわれわれ社会の基本的な倫理観です。しかし抽象的なので、具体例が起こったさいに、その都度、きちんと確認しておく必要があります。その場限りの情緒的な対応では、せっかくの自由という権利が曖昧なものになって、将来破綻しかねません。

では具体的に、補償の相手、範囲、規模はどうするのか。それは経済の専門家の仕事です。倫理学がすべての問題に詳細に答えることはできません。一知半解の発言こそ、非倫理的な行為です。ここが経済学にバトンタッチする地点になると思っています。

2022年3月26日 (土)

人生を豊かにするのは、小さな冒険である。

ブログを始めてしばらく経って、2カ月で3題、お題の公募があるのに気が付いた。それまでの入選作を読んでみると、役に立つ内容や、ホロリとさせられる文章だったりするし、たいがい写真も付いている。枠組みのいろどりも豊かで、いろいろ工夫がしてあり、親しみやすいものになっている。

そういうことを見るにつけ、文章だけ表現手段じゃないと、つくづく思った。それはとてもいいことだ。色々な表現手段の中から自分に合った方法を、それも1種類だけではなく、何種類も組み合わせて表現する。文章自体も、型に捉われてなくて、自己表現がしやすい良い時代になった。こういうことは前から感じていたので、この種の自己表現の場に、僕の出る幕はないんだろうと思っていた。

お題も、普段あまり考えたことがないようなテーマで、これについて役に立つような文章なんかとても書けない。カメラも持っているが、写真は記録のために撮るだけで、ほんとの素人だし、絵や漫画なんかはとても無理。だからブログは文章だけで愛想がないし、それ以上の飾りのようなものも付けていない。

そんなことで、せっかく応募しても落ちるんじゃあ、気が滅入るかなあ、とも思った。それでも書けそうなお題があったので、軽い気持ちで出してみた。応募したのも忘れていて、ある日、入選にして貰っているのに、たまたま気が付いた。写真も付けず、文章だけで、今風の文体でもなく、論調は堅いし、こんな表現法でもいいと思ってくれたのかなあ、と素直に嬉しかった。古い表現方法も、多様性のひとつとして残るのだろうか、とも思った。

それからお題に投稿するようになった。やってみると、普段使わないような頭の使い方をしていて、視野が広がる気がするようになった。

大きな冒険だと大きな失敗も覚悟しなければならない。小さな冒険だと、普通は得られるものも少ないはずだ。しかし、お題に応募するという小さな冒険で、自分の表現法でもいいんだという、純粋な喜びが得られた。それだけでなく、お題が提示する内容について考えるから、思考の世界がずいぶん広がって、自分の頭の使い方の可能性も知ることが出来た。今回で定期的なお題は無くなるそうだ。1年くらい続けていたので、寂しいが、いい経験をさせて貰った。

 

時間を越えて生きる。

時間を、長いとか、短いとか感じることで、僕たちは、2種類の時間を無意識に使い分けていることに気が付きます。

人間の都合に関わらず、時間は均一に流れ続けています。この時間では、時間の長さが重要になる。会議が何時から始まって、何時に終るとか、駅まで歩くと45分かかるが、バスだと15分で着くとか、学校を卒業してもう40年にもなるとかです。時間は均一に流れているから、長さも一律に計算できる。

ところが、愉快な飲み会だと、待ち遠しいし、始まったら短く感じる。つまらない会議は長く思える。つまり、好き嫌いがある事柄だと、時間は一律に流れて行くのではなく、好き嫌いの度合によって、長くなったり、短かく感じたりしています。つまりこの時間には客観的な長さはありません。

もちろん時間が2種類あるのではなく、僕たちが2種類の時間を無意識に使い分けているのです。

時間の要素は、現在、過去、来未です。僕の未来はどんどん近づいて来て、現在を過ぎ、過去になっています。このように、僕たちは、一律に流れている時間の中にいて、刻々と年を取っています。ところがそれに拘束されている訳でもない。というのも僕たちは流されてはいるけれど、いつも現在にいるからです。

だから、僕たちは過去や未来を飛び回れます。現在から過去へ飛んで、小学校の頃の初恋の想い出に浸っ次の瞬間、現在から未来に行って、 1カ月後の外国出張の予定を立て、それからまた過去に戻って、20年前に亡くなった親友のことを思い出したりしています。

僕たちは死後の世界にも行けます。生命保険に入る時、自分が死んだ後のこの世界で、子供たちが僕の葬儀をし、保険会社からお金を受け取っている様子を、死んだ僕は上空から眺めています。実際に僕たちは、過去や未来の好き嫌いのある事柄を飛び回っている。

もちろん現在にいて、桜の花がもう少し長く咲いていて欲しい、と思ったりもします。

この客観的な長さがない時間を知っているから、多分、多くの人は幸せを感じることができるんでしょう。一律に流れている時間の中だけだと、人生はどんどん流れて行くばかりです。それはつらい。

僕も平均寿命まであと何年、と数える年になりました。それは一律に流れる時間の中の真実だ。だが、それでも僕は、今日も現在にいて、自分の過去や未来さえ、はるかに飛び越えて、ビッグバンを考えたり、宇宙の終わりでさえも想像しているのです。

その時僕は、間違いなく、諸行無常を越えているのです。

 

2022年3月20日 (日)

悲しみは徹底した思想によって表現されるべきでしょう(あなたの好きな曲は何ですか?)。

こないだ、ふと藤圭子さんの歌を聞きました。やっぱり「夢は夜開く」はいいですね。歌詞、曲、歌手、この3つが、高いレベルで調和している曲はそうはないと思います。怨歌と言った人がいるそうですが、藤さん以外には歌えない曲だ。歌われている絶望的なニヒリズム。です。

アリストテレスは、悲劇を見ると、心がスーとすると言いました。悲しい歌も同じでしょう。たしかにスーとして、同時に、悲しい曲を聴くことで心が落ち着く。自分と同じく悲しい人がいるのを知って、ほっとする=スーとするのかも知れません。この悲しい気持ちが本来の自分なのだ、だからこれ以上悪くはならない、という気もします。

もっとも好きな歌でも毎日聞くと飽きて来る。だから悲しい歌を聞いた時の自分の位置も、僕の一つの在り方に過ぎないということになりましょう。

ところで残念なことに、「夢は夜開く」では歌詞に一か所傷がある。それは藤さんのせいじゃないが、歌手も曲もいいのに、歌詞の一カ所が全体の雰囲気とズレているのは、どうも気になります。慎重に聴いてみて下さい。主題は徹底したニヒリズムです。著作権の問題もありますから、主要部分だけ抜き出してみます。

( 以下 Keiko Fuji - My Dreams Bloom at Night  Eng sub YouTube · 制作者 skymods 777E からの引用)

「赤く咲くのは けしの花 白く咲くのは 百合の花 どう咲きゃいいのさ この私 夢は夜ひらく」。

昨日マー坊 今日トミー 明日はジョージか ケン坊か 恋ははかなく過ぎて行き……」。「嘘を肴に酒をくみゃ 夢は夜ひらく」。「前を見るよな 柄じゃない うしろ向くよな 柄じゃないよそ見してたら 泣きを見た……」。

どのような立場、価値にも立つことが出来ない。徹底したニヒリズムの歌詞です。「どう咲きゃいいのさ この私」、「嘘を肴に 酒をくみゃ」いいですねえ。スナックで飲んでいる時の気分だ。「前を見るよな 柄じゃない うしろ向くよな 柄じゃない」。そうです、向くべき方向がない。

それにかすれたようなあの声。「夢は夜ひらく」と繰り返すことで、救いのかすかな希望も持っているようだが、それも極めて不確かだ。かえってニヒリズムの闇をさらに暗くしています。

ところがこの歌詞の中で、一カ所だけ全体と調和しない部分があるのは残念だ。最後の部分です。「一から十まで、馬鹿でした。馬鹿にゃ未練はないけれど、忘れられない、奴ばかり。夢は夜ひらく、夢は夜ひらく。」。なぜ「忘れられない、やつばかり」なんでしょうか。これでは全体の雰囲気が壊れてしまいます。というのも「昨日、マー坊、今日、トミー。明日は、ジョージか、ケン坊か……」だったはずです。全員、自分にとってはどうでもいい連中だ、という調子の歌だった。ですから、彼らが「忘れられない、やつばかり」になるはずがない。

全体がニヒリズムの中で、この部分だけが妙に救われていまこれはヒューマニズムだ。皆、名前も思い出せなくなって、おそらく自分も含めて「馬鹿にゃ未練はない」はずなのです。 そして自分は、今日も酒場街の路地裏をさまよう、みたいな詞であるべきでしょう。色々理屈は言えましょうが、ニヒリズムが不徹底だと、僕は思います。

悲しい歌でも、やっぱり救いが欲しいんでしょうか。それも悪くはありませんが、徹底した思想であってこそ、真の悲しみが表現できるのでは。悲劇も、救いがないから悲劇なのであって、最後に救いが来ると、それは下手な喜劇になりかねない。それではアリストテレスの境地に達しない。

それにしても、藤さん自身が悲劇的な死を選ばれたことで、ニヒリズムが完成してしまったのは、痛ましいことです。歌詞の傷など、現実のニヒリズムに押し流されてしまいました。

2022年2月23日 (水)

興味のないことに興味を持つことで頭を活性化する(2022年今年の抱負/やりたいこと)

僕はブログを日記風雑感として書いているので、お題についても、自分の頭に浮かんだことや、書きやすそうなテーマを書いています。この作業は楽しいし、そのことを特に修正すべきだとも思いません。

ところで、パソコンやスマホを使う人にとって、最大の問題は、自分の好きなこと、好みの主題ばかリを調べたり、読んだりすることだとは、よく言われます。自分を振り返っても、まったく同感です。

ところでアメリカのニュースなどを見ていて、フェイクニュースなどに振り回される人間がそんなにいるのか、と不思議です。しかし考えるまでもなく、僕がそうなる危険性は大いにあるし、すでに自分が望んでいるニュースばかりを信じ込んでいるかも知れない。まったく、ぞっとしてしまいます。

そんなこともあって、今年はお題への投稿の際に、書きやすいお題ではなく、これまで考えたこともないお題、経験したことのないお題についても、書いてみようかと思っています。僕にとっては興味のないこと、まったく知識のないテーマでも、それについて書いている人が多数いらっしゃる。他人の興味に興味を持つことで、パソコンやスマホの使用で、片寄ってしまいがちな頭のバランスが取れないかなあ、と考えている所です。

しかしこれは相当なストレスになりそうで、続くかどうか分かりませんが。

 

2022年1月 4日 (火)

紅白歌合戦がつまらないのはスマホのせいだ。

紅白歌合戦が面白くなくなった、という意見をしばしば聞くようになりました。昨年末の視聴率は34.3%で、過去最低だったそうです。

僕は、天童よしみさんや坂本冬美さんが出て来ると、ほっとするような世代です。椎名林檎さんが登場すると、やっぱりこういう人がいいなあと思います。僕にとっては出場者のほとんどが、知らない歌手で、知らない歌です。それから詩がまだるっこい。どうせ僕らはもう視聴者の対象には入ってないんだろうと思ってますから、怒っている訳でもありません。

ところが30代くらいの知人でも、知らない歌手がいるし、曲も知らないのがある、という話をする人もいます。僕らがその頃は、はやっている歌というものは、どの世代でも知っていました。

しかし少し考えても分かりますが、60代の人が感動する歌に、20代の若者が同じ感動をするはずがなかったのです。僕が20代だった頃を思い出すと、はやっている歌だと、一応、感動はするのですが、やっぱりぴったり来ない部分があって、どこか少しずれてる。井上陽水など僕らの世代の歌はあったのですが、それでも完全に一体化できたわけではない。流行している歌というのは、そんなものだと思いながら聴いていました。

ところが現代では、同世代でも知らない歌があるという話です。しかしこれは正常と思うべきだ。たとえ同世代でも、感動できない曲を聞きたくないのは、当然です。気に入ってる歌手やグループの、気に入っている歌だけ聞きたい。歌を聞くとは本来そういうことでしょう。

これはパソコンやスマホの普及と関係があると思います。よく言われるように、これらの機器の普及によって、人は自分の好きな物や事だけを選ぶことが出来るようになった。それが流行歌あるいはポップスの選択にも及んでいると考えるべきでしょう。自分に合わない歌を無理して聞くことはない。その通りです。

紅白歌合戦もこのような時代の影響を受けているはずです。歌手の選び方も難しくなっているんでしょう。こうなると各世代から、はやってるらしい歌を均等に選ぶことになりますか?10歳代、20歳代、30歳代から、最近は長生きですから100歳代までの10世代それぞれが好む曲と歌手を、均等に選ぶのがいいんだろうか。NHKもその積りなのかもしれませんが。

それにしても自分の好きな曲だけ聴くという流れは変わりませんから、こういう全国民が見ることを想定した番組は、困難な時代に差し掛かってるんでしょう。2000年以降の大河ドラマで、期間平均が最高の篤姫でさえ、24.5%ですから、歌とドラマの違いはありますが、国民的な番組の視聴率だと、このレベル以下まで下がるのは、一つの目安でしょう。司会がまずかったという批判がありますが、それは本質的な理由じゃないと思います。視聴率が低いのは多様性の一つの結果です。

どういう状況でも、出来るだけ多くの人や世代に、感動を与える曲こそが、本当に良い歌ではあるとは、いつの時代にも当てはまるでしょうが、それがひどく難しい時代になりました。

2021年12月29日 (水)

晴天を衝け③長生きする方法

「晴天を衝け」が終わりました。平均視聴率も14%のようで、これは僕の印象と同じでした。納得しがたい所もなく、分かりやすく作ってあったからだと思います。後半視聴率が落ち気味なのも、僕の印象と同じです。やはり激動の江戸末期前後の方が、見ごたえがあるんでしょう。

ドラマが渋沢のすべてを表している訳ではないでしょうが、大筋として、随分、充実した人生だったことになりますね。彼の生活は、活躍する人に共通した面が見られると思います。勤勉で、いつも前向きで、多方面に関心を持っている等です。

彼に特徴的な面と言えば、きわだった長寿でしょう。今では91歳まで生きるのは珍しくありませんが、1840年生まれの頃の平均寿命は40歳代のようですから、平均寿命の倍ちかくは生きたことになります。同業だけで比べても、五代友厚49歳、岩崎弥太郎50歳、ドラマの中ではかなり老けていた三井組の大番頭三野村利左衛門でも55歳です(和暦での計算なので少しずれるかもしれません)。もっとも両親とも63歳まで生きていますから、比較的長寿の家系とも言えるでしょう。

健康の秘訣を聞きたいところですが、よく仕事をし、食べる等々、普通の長寿の人とあまり変わらない。その中でただ一つ僕が興味を持ったのは、よくしゃべるということです。子供の頃からよくしゃべっていたと何度も言われてましたね。この性格は、あまり他の人の例を知りません。

しゃべるというのは身体的な行為ですしかしよくしゃべるのは、色々物事を考えているからです。ところが物事を考えてもしゃべらない人もいる。考えるという精神的行為と、しゃべるという身体的行為を合わせて行ったことが、心身共に健康だった要因の一つかもしれませんね。もちろん考えている内容によります。自分の昔話ではなく、社会の在り方などでしょう。そのためには時事に気を付けていなければならない。勉強も必要だ。

困るのは、年を取ってからもしゃべっていると、周囲から嫌われる。それを示唆する場面もありました。それでも構わずしゃべり続けたのでしょう。そうまでして長生きしたいとも思いませんが。

2021年12月28日 (火)

恋人たちは、人類史上初めて、自由に会えるようになりました【昔の思い出】。

むかし、むかし、ある所に、一組の恋人がました。娘には父親がおりました。

僕の昔には、携帯もスマホもなかった。はじめて携帯を持って、一番便利だと思ったのは、待ち合わせだ。絶対に行き違いになることがない。

携帯もスマホもなかった高校生の頃、デートの待ち合わせは本屋さんにしていた。どちらかが遅れた場合にも、時間はつぶせるし、相手との話題にも事欠かない。美術館を待ち合わせ場所にしている友人もいた。同じ理由だろう。とにかく待ち合わせ場所と時間の設定には、来られなくなった場合、遅れる場合、友人に出会った場合、などを想定した細心の打合せが必要だった。

しかしあらかじめ相談が出来ないことも、しょっちゅうある。すると一番やりたくないことを、しなくてはならない。相手の家への ☎ 。恐る恐る番号を回します。先方の父親が ☎ に出た時の絶望的な気持ち。

先方のオヤジも、不機嫌そうだ。奥に向かって「〇子、電話だよ」ならいいほうだった(受話器は普通、玄関に置いてありました)。「〇子?・・・・・・。おらん」、ガチャンと ☎ を切られた友人もいました。これに対しては、悪口雑言、罵詈讒謗(ばりざんぼう)、あらゆる悪態をつきたくなったものです。キルケゴールは、絶望は死に至る病だ、と言いましたが、そんな生易しいものじゃない。死も突き抜けた深い闇に落ちて行くようだった。これは僕だけではない。多くの男の子の体験のはずです。

五木寛之氏が「青春があんなものなら、二度と青春時代に戻りたくない」と言っておられた(うろ覚えなので正確な引用ではありません)。同感です。かなりの人は、それぞれの意味で、青春をそのように振り返るのではないでしょうか。この言葉は、広く、深い意味を持ってはいますが、僕は ☎ の体験も含めたい。無論そうでない人もいるでしょうが。

そもそも一般に、高校生前後の年から、結婚前までの時期に、付き合ってる女の子との連絡に ☎ を使うようになったのは、普及の状況からして、1960年代後半くらいからではないでしょうか。携帯、スマホが普及するのは1990年代後半のようですから、上記の経験を持つのは、これくらいの間に、青春時代を過ごした世代に限られます。

若い男女がデートするという風習は、戦後のものでしょう。しかし恋愛はいつの時代でもあるから、連絡が大変難しい。☎ の前はどうだったか。手紙しかありません。戦前は、異性に手紙を出すということ自体が、不道徳とされていて、手紙が見つかれば、退学もあった。僕たちの父親はそういう雰囲気の中で育ったので、不機嫌になったんでしょう。

そういう時代に、手紙を書く、それを投函する、あるいは相手に渡す、その時のドキドキした気持ちが、今ではよく分からなくなった。『万葉集』には夜這いの歌がある。この風習は、地方によっては大正のころまではあったそうです。これについての研究はあるようですが、その時の男女のドキドキ感までは、伝わって来ません。ですから、父親が電話口に出て来て、不機嫌な応対をする時代の話は、民俗学的な資料になるのではないか、とさえ思えてきます。

今、思えば、あの頃の僕たちは、道徳観と通信手段の転換が重なった時代にいたようです。それもつかの間、すぐ後に大転換期が来るとは、想像もできませんでした。

むかし、むかしある所に、一組の恋人がいました。娘には父親がおりました。その社会にはスマホがありませんでした。

携帯、スマホは恋人たちにとっては革命になったのです。恋人たちは、人類史上初めて、自由に会えるようになりました『万葉集』から に連なる、旧世代の最後に属してしまった僕は、やけになって叫ぶしかありませんね。

スマホ万歳!恋人たち万歳!\(^O^)/ \(^O^)/ \(^O^)/

 

2021年11月15日 (月)

晴天を衝け②運命に打ち勝つ方法。

幕末から明治にかけてのドラマはしょちゅうありますね。今回の渋沢栄一は、農民から、幕府側の武士、しかも最後の将軍の側近になり、尊王攘夷から対外協調へ、幕府側から新政府側へ、さらに政府から民間へ、その立場は、逆転に次ぐ逆転、まったく目が回るとはこのことです。

従弟の成一郎も、一橋家で出世し、飯能戦争を指揮し、函館でも指揮官のひとりとして戦いました。仲間を大勢殺されたはずですが、維新後は新政府に出仕し、それも辞めて、商人として大しました。

両者とも、江戸と明治どちらの時代でも、成功した人生だったと言えましょう。

こういう激動の時代を生きた人の生涯を見ると、運命ということを考えざるを得ません。部分的には、意志の力で、状況を改善するとか、突破もしたでしょうが、個人の意志や先見力だけでは、とてもこういう人生にはなりません

しかし逆に、こういう人たちの人生の軌跡を、運命だけで説明するのも難しい。どういう状況でも前向きに努力したのは確かですが、意志や先見性で、あんなにうまく行くような時代じゃない。どうも腑に落ちません。

僕が思うに、彼らには、運も意志も先見力もあったのは確かですが、さまざまな要素の中で、一番なのは、自分の思想や気持ちに拘泥しなかったことではないか。拘泥しないどころか、180度転換できるという性格です。これがこの二人に共通する能力のように思います。彼らの周囲の人々は、どちらの側にしても、そうでなかった人の方が圧倒的に多かったのではないか。そういう人たちは、このドラマの各所に出てきます。しかし脇役としてです。

福沢諭吉は瘠我慢の説」(やせがまんのせつ)の中で、勝海舟と榎本武揚の功績を部分的に認めながらも、新政府に仕えたことを非難しています。特に榎本は、彼の下で戦って死んだ者たちに対して顔向けできるのか、ということです。世が変わったからには、そのような「世を遁れて」、幕府に出仕していた時の「功名」を汚さないようにと、諭しています。やせがまんすべきだ、ということです。

渋沢栄一たちは、勝や榎本ほどには、幕府の中枢にいた訳ではありませんが、それでも立場は同じです。もちろん二人も、肉親を殺されたりして、内心では思う所は多々あったでしょう。心の中では生涯悩んだはずだ。しかし行動や実人生の立場は、はっきりと180度転回しているのです。

現在の我々からすると、そういう真逆の思想を、心の中でどう整合させたかを描いてほしい気もします。勝海舟は、誉めたり貶したりするのは他人がすること、と福沢に取り合いませんでした。榎本はその内お答えする、と言いましたが、直後に福沢が亡くなって、答えないままでした。

栄一たち二人の気持ちを聞いてみたいものですが、そのような心理描写は、ドラマとしての面白さがないんでしょう。

2021年10月26日 (火)

ブログは心地良い距離感を提供してくれます(ブログを始めたきっかけ)。

何事を始めるにも、きっかけはありますよね。なんで幼稚園の先生になったのかと聞かれると、子供が好きだから、と答えが返って来る。しかしそれが実現して時間が経つと、子供と一緒に居られて楽しいなあ、と毎日毎日思いながら勤めているわけではない。職場で日々気になってるのは、同僚との付き合いや、保護者への対応や、給料のこと、上司との関係などでしょう。

弱い人たちの味方をしたいから、弁護士になった。人の命を救いたいから、医者。みな同じ経過をたどるはずです。

つまり何かを始めた時の気持ちは、時間が経つにつれて、薄れていくようです。続けることで、良くも悪くも、新しい発見や体験が、次々に積み重なるからだと思います。特にブログは、大多数の人にとっては、職業ではありません。絶対に必要なものではない。ですから、ブログを始めた理由よりも、ブログを続けている理由のほうが、ブログとの関係をより正確に、深く語ることができそうです。

僕がブログを始めたきっかけは、みんなやってるから、くらいの気持ちで、他にもいろいろ考えたはずですが、現在にまで残っている重要な動機はありません。それで、なぜブログを続けているのかと、あらためて聞かれても、どう答えたらいいか、戸惑ってしまいます。

日記を付けたことはありませんが、ブログを書いてると、日記ってこんなものかなあ、と思うことはあります。日記とは、「日々の出来事や感想などの記録。……日誌よりは私的・個人的。」(広辞苑第五版)となっている。人にもよるでしょうが、ブログは僕にとって、ほぼ似たようなものです。日々の出来事や感想などの記録を、私的・個人的に書けばいい。

ところが、日記をつけることは矛盾していると、僕は以前から思っていました。文章を書くという作業は、自分の心を外に出すことだ。外に出せば他人の眼に触れる可能性があります。むしろしばしば言われるように、読まれることを前提にして、日記は書かれるのかもしれません。けれども、たとえ人に覗いて欲しくても、実際には、日記を他人が読むことはほとんどありません。

この点が、日記とブログの決定的なちがいです。ブログの活字の向こうには大勢の人間がいる。日記とちがって、ブログの文章は、実際に、他人に読まれている。ブログは、日記が求めて得られなかった他者を、現実に提供してくれているのです。

ブログはもう一つの状態も提供します。古来、人は心の通う本当の友人を求めてきました。「しみじみと ものうち語る とももあれな きみのことなど 語りいでなむ」。しかし、しみじみとものうち語られる友からすると、恋人への情熱をクドクドと聞かされれば、うざいと感じることでしょう。啄木は若くして亡くなりましたから、同質的人間同士でも、長く一緒にいられるわけがないことに、気づかなかったかもしれません。ゴッホとゴーギャンの共同生活が、2か月で破綻したことを、啄木はどう考えるでしょうか?それは天才たちだけに当てはまることなんでしょうか?

だから僕は西行にも尋ねてみたい。「寂しさに 堪へたる人の またもあれな 庵ならべむ 冬の山里」。自分と同じ心境の人がいて欲しい。庵を並べれば、冬の山里の寂しさも少しは和らぐだろう。心暖まる想像です。ところが現実に、西行のような繊細な人が二人、庵をならべて、その付き合いが円満に続くんだろうか?

ブログの向こうには確かに大勢の人間がいます。その何人かは、寂しさに堪え、しみじみとものうち語れる友だと、空想することもできます。その幻想は心地良い。しかもそれらの人とは、庵をならべてはいない。活字や写真によって隔てられている。間接の付き合いですから、ゴッホとゴーギャンのように、仲たがいすることもありません。ブログの場合は、相手はたいがい黙って去っていくのです。だから自分を分かってくれる人が、活字や写真の向こうにいるはずだという期待は、いつまでも裏切られることはない。「いいね」が付くと嬉しいが、付かなくても、がっかりしないですむのです。

twitterなどの誹謗中傷が問題になるのは、自分と違う意見に過度に反応するからでしょうが、そのことは逆に、この種のツールの向こう側に、自分と同質的な人間を求めていることを示しています。

同質的な他人を前提しながらも得られないという、日記が抱えていた矛盾。そういう人間と現実に一緒にいると、関係は長続きしそうにないという、啄木や西行が直面するにちがいない二律背反。この困難な問題を、二つともいっぺんに、ブログは解決しているようです。

ブログを始めたきっかけは忘れてしまいましたが、続けている理由には、思い至りました。語り合いたい同質的な他者との、間接的な距離感の心地良さを、ブログが提供してくれるからでしょう。

 

2021年5月20日 (木)

眞子様は小室氏と結婚されるべきだ。

眞子様の結婚については、批判的な意見が多いような雰囲気を感じる。しかし、眞子様は小室氏と結婚されるべきだと思う。

秋篠宮家ではお子さんたちを自由に育てられたそうだ。自由に育てたんだから、結婚も自由にさせるのが当然だ。「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し」(憲法24条)を踏まえて、秋篠宮様も結婚は認める、とおしゃっている。いざ結婚となって、相手の家庭がごちゃごちゃしているから、国民の多くから祝福されるような状態でないといけない、と条件を持ち出すのは、憲法にも違反するし、これまでの育て方とも一致しないのでは?眞子様からすると、今さら、と思うのももっともだ。皇族としての立場をわきまえながら、かつ自由に、という方針だったのかもしれないが、自由な結婚というのは、日本国中が反対しても断固行うものでしょう。一般国民はそうしている。

だから国民の多くから祝福されるような状態でないといけない、と条件を持ち出すのではなく、この点については、結婚していい、しかし皇族としては、多くの人が祝福していない間は、そういう家庭とは絶縁する、とすべきではないでしょうか。一般の結婚でも、親が反対するケースはよくある。それで結婚が成立する場合も、しない場合もある。親と絶縁する場合もある。それも本人たちの自由な意志の結果なのです。

国民からすると、自分たちが払った税金1億何千万かを、嫁入りの際に、あんな変な家庭に持って行って欲しくない。こういう声が上がるのももっともだ。だから1億何千万かは、どこかへ寄付するなり、とにかく自分たちで使わなければ、この金については文句も出なくなるだろう。これによって国民がこの問題に口出しする権利はなくなるのでは?それで結婚生活で生活費が足らないのなら、眞子様もコンビニでアルバイトすればいい。自由に結婚した二人は、そういうことは普通にやっている。ちゃんとした生活をしてても、元皇族だからいろいろ言われ続けるだろう。それにきちんと答えながら、毅然として結婚生活を続ければいいのではないか。それくらいの覚悟はお持ちだろう。

自由な結婚を尊重するのなら、眞子様の気持ちについて、他がとやかく言うべきではない。将来、天皇陛下の義兄の家が品のない家だということになるかもしれない。それによって皇室に多少の傷が付くかもしれない。しかし相手がどんな男でも、どんな家族でも、どんなに批判があっても、それでも愛を貫くのが、自由な結婚というものだ。条件を付けるべきでない。親と子の立場が一致しなければ、本人の意志が優先する。

この件で、皇族の育て方や結婚相手の選定方法が、改めて問い直されるかもしれない。しかし眞子様は自由に育ってしまわれたのだ。

皇族の御家庭の中の話なので、どういう教育方針だったか、今、どういうお考えかなどは正確には知らない。マスコミ等の報道の範囲での所感です。頑張れ、眞子様。

«二宮金次郎はもういない。