ガッツポーズに、小泉八雲は心配している。

小泉八雲は、葬儀の時でも日本人の親族が微笑みながら挨拶するのを、「自分の感情を他人に押し付けない」と見抜いた。僕に言わせるとさらに、その微笑みは自分の心の平衡を保つ作用もある、と付け加えたい。

WBCの試合に限らず、最近はどういうスポーツでも、ガッツポーズは当たり前になったようだ。ほとんどの野球選手も、今は、ガッツポーズをするが、イチローはしなかった。王貞治選手もしなかった。それは打たれてがっかりしている相手投手に配慮してのことだ。ホームランを打った自分の喜びを他人に押し付けない」という振る舞いである。

これは日本人特有の行動かと思っていたら、WBCの解説で、アメリカの野球選手にもガッツポーズをしない選手がいたことを知った。「自分の感情を他人に押し付けない」 のは日本人だけではなかった。超一流選手はガッツポーズをしないかと思っていたら、大谷もする。すると相手に配慮し「自分の感情を他人に押し付けない」ことは、洋の東西を問わず、古き良き時代の紳士的な態度だったのだろう。

もっともガッツポーズされた方も、逆の立場になると、ガッツポーズをする訳だから、お互い様になり、他方が一方的に卑下される訳でもない。こう考えると、自分の感情を素直に表して何が悪い、という価値観が、現代では主流になっていることが分かる。確かに、素直であることは、良いことだ、と一般的にも考えられている。

すると「自分の感情を素直に表すのは良いことだ」という新しい価値観が、「自分の感情を他人に押し付けない」という古い価値観と衝突していることになる。

しかしいずれを優先すべきかは明らかだろう。多くの人々の、多くの感情から成り立っている社会の中では、「自分の感情を他人に押し付けない」 態度の方が、他人のことを考えている分、社会を円滑に運営できるからである。「自分の感情を素直に表すのは良いことだ」という価値観は、悪いとまでは言わなくても、自分だけのことしか考えてないから、適用しない方が良い局面も多々あるということだ。

もっとも多言語で、多民族の国家などでは、感情を素直に表さないと、自分の気持ちが通じにくい、ということもあるようだ。それにしても程度問題だろう。

ガッツポーズは、スポーツの中では、目くじらを立てる程の事もないだろうが、その人間の器量の小ささを現してはいるだろう。問題は、「自分の感情を素直に表すのは良いことだ」という価値観が、現代の主流になっていることだ。ガッツポーズを見て、同感する人達も、「自分の感情を他人に押し付けない」 態度を否定しようと思ってはいないのだろう。しかしそのことに気づいていない。そういう人が大多数になりつつある社会は、どういう社会になるのだろうか。

小泉八雲は心配しているだろう。

 

 

 

 

 

2022年12月31日 (土)

郵便局は大改革の時期ではないのだろうか。

年末になると、郵便局に行く機会が増える。そして普段から感じていることを思い出してしまう。とにかく郵便局の手続きは、理解できないほど煩雑な気がする。

例えば、振り込みなど、コンビニでやれば、一瞬で済むところを、郵便局だと手作業が多いせいか、ひどく時間がかかる。どこで振り込んでもいいなら、郵便局以外でやるのは、僕だけではないだろう。だから郵便局だけでしか振り込めない用紙だと、腹が立ってしまう。また先日、本を送ったら、色々方法があえるそうで、値段も違うのだが、知らなかったので、高い方でやってしまって、損したような気がした。

最近では、郵便物の配達も随分時間を取るようになって、1~2日では着かないのが普通のようだし、土曜日も配達しなくなったようだ。しょっちゅう行くわけでもないから、慣れないせいかもしれないが、郵便局に行くと、いつも落ち着かない気持ちになる。

日本の国の劣化が、郵便局にも現れているかとも思ったが、そんなところに帳尻を持って行くのではなく、郵便局としてやるべきことはあるだろう。前島密先生も嘆いておられるのではないか。

唯一、郵便局で良くなったのは、局員の皆さんの接客態度だ。僕は近くの二つの局を利用しているが、いずれも接客は昔よりずっと良くなっている、と感じる。

だから郵便局の煩雑さは、局員の問題ではなく、システムの問題だろう。郵便局にもそれなりの理由はあるのだろうが、それは局側の理由であって、客側の理由ではないのだ。

郵便局のこの状況は、僕が感じているだけでなく、周囲の知友が等しく不満を述べている所である。年賀状離れなどは機器の変化によるもので、小さな問題だ。しかし郵便局の運営体制そのものは、早急に、抜本的に改革すべきではないのか。

子供の頃から親しんできた郵便局には、なんとなくの愛着を感じている。しっかりして欲しいと願うばかりである。

2022年11月15日 (火)

「鎌倉殿の13人」は理想を語るべきだったのではないか?

「鎌倉殿の13人」も終わりに近づいて来て、北条義時が良くも悪くも次第に政治家になっていく過程はよく描かれてはいると思う。これも義時の人間性についての、ひとつの解釈とは言えよう。それにしてもこの解釈を、筋立ての中心に置くのは、大河ドラマとしては暗すぎるのではないか。

今回の義時像を視ていて、僕が一番に感じているのは、大河ドラマはどうあるべきかということだ。義時が三谷氏の推測したような狷介な人柄になっていくのは、説得力があると僕は思う。しかしやはりNHKの大河ドラマらしく、劇中で何らかの理想が語られるべきだったのではないか。

僕は、この義時像によっても、前向きな理想を語ることはできると思っている。坂東の武者たちが、都からの指図から独立したい、という気持ちを持っていたことは、歴史学的にも支持されるようだ。とすれば、これを機軸に義時を絡ませて話を進めても、十分、三谷氏の義時像は生きて来るのではなかったか。

登場人物のかなりの人々が姻戚関係にあることに、まず驚く。それは自分の勢力を安全にし、さらに広げるために行ったはずだ。だからさらに驚くのは、折角姻戚関係を結んでも、平気で殺してしまうことだ。いったい姻戚関係は何のためだったのかと思うのは、僕だけではないだろう。根本にあるのは、財産である自分の土地を守り、さらに拡張することだけのようだ。そのための邪魔になれば、折角結んだ関係も、躊躇なく切り捨ててしまっている。親子の間でさえも不安定だから、婚姻関係などはさらに軽いものになっている。

都の束縛の解消(これは承久の乱によって成し遂げられた)と、坂東内部の原始的な争いを越えて、法による秩序によって社会を運営する、この二つを成し遂げるために、三谷氏の義時像で十分説得力があるストーリーが作れるのではないかと感じる。あるいはその積りで描いているのかもしれないが、僕に伝わって来るのは、義時の権謀術策ばかりなのだが。




2022年10月25日 (火)

萩には高杉晋作が、いまでも生きている。

萩には、友人がいることもあって時々行く。訪れたことがない人でも想像できるような、古い屋並みと、道幅の町である。そこかしこに、維新の頃に倒れた人たち、主として若者たちの表示と案内板が立っている。

こういう古い町を歩いていると、僕自身も歴史の中のかすかな一人に過ぎないことが、身に染みて理解できる。自分の小ささと、当時の若者に比して、自分が安楽に生涯を生きてきたことへの少しの後ろめたさと、自分が何者でもないことの遺憾と、その状況の中で、この世を離れて行くことへの、寂しい安心感などもある。

吉田松陰や高杉晋作のような生涯を送らなかった僕は、その代わりに小さな平穏と言うしかない生涯を送ったが、僕はこういう風にしか生きられなかった。それは萩を訪れる大勢の人間も感じることだろう。

しかし萩在住の知人たちと話していると、彼らがいまだに松陰や晋作に熱い思いを心の中に持っていることが伝わって来る。彼らは僕とは違って、高杉晋作のように生きたかったと思っているし、人生はそうあるべきだと、いくつになっても決心しているように感じられる。

僕から見ると、知人たちの生涯も僕のそれとそれほど変わらないと思えるが、なぜか彼らは、今でも熱いのである。それはこの地で生まれ育った者達のみが受け継いでいる、地霊とも言うべきものだろうか。

それぞれの土地は、それぞれの歴史を持ち、その歴史の中でもっとも熱い時代の息吹が、いまだに伝わっているようだ。僕はそれを眺めているだけである。すると僕が歴史の中の砂の一粒に過ぎないことを思うしかないのである。

2022年9月 1日 (木)

「コロナ禍」という言葉は、不適切に使われ過ぎではないか。

「コロナ禍」という言葉 が、今の状況でしばしば使われるのは、止むを得ないとしても、僕は使用法がどうも変だと感じている。

ニューㇲ番組で「コロナか」と言っていると、僕はまず「コロナ下」と思ってしまう。というのも、「コロナ禍」だと、「コロナ(という、あるいは、による)わざわい」という意味なので、後に続く文言によって、文章がしっくりしないことが多いからだ。一方「コロナ下」は「コロナ(という状況)下」の意味である。

まず「コロナ禍」でいいと思えるもの。

「コロナ禍で休業した」のは、お気の毒だが、「コロナという、あるいは、コロナによる、わざわいで休業した」という意味になるから、用語法としては問題ないと思う。この場合「コロナ(という状況) 下で休業した」とも言える。が、上の文は直接被害を受けたのであり、下の文は直接被害を受けたかどうか分からないから、意味がちがう。両方可と思う

次に、かなり不自然だと思う用法。

「コロナ禍で子供を海に連れて行けない」は、「コロナというわざわいによって、子供を海に連れて行けない」となり、間違っているとは言わないが、「コロナ(という状況)下では、子供を海に連れて行けない」とするほうが、良いのではないだろうか。

さらに非常に変だと思える用法。

「コロナ禍でも健診や持病の治療、お子さまの予防接種などの健康管理は重要です」。これは厚労省のサイトにあった言葉だ。「コロナというわざわいがあっても健康や持病の治療、・・・・・・は重要です」という意味になる。誤用とまでは言えないが、非常に変なのでは。「コロナ(という状況)下でも健康や持病の治療、・・・・・・は重要です」であるべきではないか。

「コロナ禍における中小企業等事業継続支援事業について(抗原検査キット配布)」。これは山形県のサイト。これも同様。「コロナ(という状況)下における・・・・・・」のほうが良いのでは。

「コロナ禍になってから、初めて旅行に行った」と言うと、「コロナというわざわいになってから、初めて旅行に行った」となり、やはり「コロナ(という状況)下で、初めて旅行に行った」ではないのか。

そもそも「コロナ禍」という言葉が変なのでは?コレラ禍、ペスト禍、インフルエンザ禍、などとは言わない。原発事故による放射能禍とも言わない。これらは改めて「禍」を付けるまでもなく、すでにわざわいだからである。

僕自身、日本語に自信がある訳ではなく、時々日本語にうるさい人が「日本語が乱れている」例を挙げてあると、僕の用語法もその中に入っていたりする。だから「コロナ禍」も変だと思うだけだったが、先日、はじめて新聞で「コロナ下」という言葉を見つけた。僕と同じように感じている人がいるんだ、と心強く思って、この文を書きました。

2022年7月25日 (月)

ニフティ35周年によせて

「ニフティ35周年によせて、思うところをぜひ書いてください」というお題を見た時、すぐ思い出したのは、40年近くも続いている飲み屋さんのことだ。

ニフティのような大きな会社を、飲み屋さんと一緒にするのを失礼とは思はない。長く続いた飲み屋さんはくつろいで飲めるのだ。開店したばかりの店は、ちょっと凝った内装、しゃれた器、それらしい接客など、色々凝ってはいても、全体にしっくりこないことが多い。長く続くことで、サービスや内装や酒や料理などが調和してくる。客もそれに同化する。僕はそう思っている。

30年1世代と言われて、30年あたりで世代交代がある。商売などもこれくらいの長さで閉店することはよくある。35年も続いたということは、僕の基準からすると、くつろげるし、信用になるのである。特にこういう新しい業種は変化が激しいだろう。35年という長さは、たいしたことなのかもしれない。

ニフティのメールをいつ始めたかは思い出せないが、少なくとも20年以上は使っている。ところがブログは始めて1年である。ブログのことは聞いていて、やってみたいと思ってはいたが、ニフティでもやっているのは知らなかった。知った後でも、どうすればいいのか見当もつかなかった。周囲に聞いて、色々手伝って貰って、漸く使えるようになった。すると、まったく知らなかった表現空間があるのを知って、これまで使わなかった頭を使うので、大変喜んでいる。技術に疎い者がブログを始めるのは、こういう経過をたどる。

僕のような技術水準の参加者は、日進月歩の技術にはとても付いて行けない。だから、ニフティに何を求めたらいいかも分からない。むしろこういう新しい領域で何が出来るか、色々提案して欲しい、というのが正確な気持ちである。

それにしても、どういうサービスも、できるだけ簡単に使えるようにして欲しい。技術者の目線ではなく、一番不得意そうな顧客の目線で、システムを構築して欲しい。御縁があるサービスなので、次の30年を目指してガッバって欲しいとは、何の私心もなく思っています。

 

2022年6月 7日 (火)

ウクライナの戦争では、関係国すべてが、同じ理想を掲げている。

ウクライナの戦争を見ていると、不思議に感じることがあります。

現実には、ひどいことが次々に明るみに出ています。その責任を指摘されると、ロシアは、そんなひどいことは自分たちがやったんじゃない。ウクライナ側がやったことだ、と言っています。しかし事実として、こういう残虐な映像もあるじゃないか、と非難されると、それはウクライナの俳優がやっていることだ、と主張します。つまりロシアは自分たちは悪いことはしていない、という言い分です。

自分たちは正しいことしかしない。それどころか、ウクライナの市民にZの印がついた食料や医療品を与えている、そういう映像を証拠として示します。それから選挙という民主主義的な手段で、ウクライナ人たちが自分たちの意志でロシア側に着くことを選んだ、と言っています。

むろんウクライナ側もロシア兵士の遺体を丁寧に扱っているとか、人道的な正しい行いをしていると主張しています。

つまり両方とも、自分たちは民衆を大切にするという「同じ理念を共有している」のです。俺たちは強いんだ、だから俺の言うことを聞け、とは公言しません。あくまで市民たちを大切にするという正しいことをしていると言っているのです。

戦争の際に、敵味方が「同じ理念を共有している」ことがあったのか、僕は詳しくは知りませんが、第二次大戦についてはそういう感じは受けない。

現在、北朝鮮では、民衆は物質的には満足できるような状況ではないと報道されています。しかしその国名は、朝鮮民主主義人民共和国、なのです。ここでも人民と民主主義が理念として掲げられています。

建前や宣伝だとしても、現代では民衆や民主主義を尊重している、と言わねばならないのです。

これまでの戦争では理念を共有することはなかった。両方が自分の理念を言い立てるばかりでした。つまり現代では、世界は「同じ理念を共有している」、あるいは共有しないと、悪い奴だと非難される。現実には残酷なことが次々に起こっているのですが、悪い奴だと言われたくはない。この点では、人類は昔より進歩したと言うべきなんでしょうか。

それでも現実は昔の戦争と同じく残酷です。「同じ理念を共有している」所まではようやく進歩したので、さらにもう一歩進歩するには、どうすればいいんでしょか。

 

 

 

 

2022年3月26日 (土)

人生を豊かにするのは、小さな冒険である。

ブログを始めてしばらく経って、2カ月で3題、お題の公募があるのに気が付いた。それまでの入選作を読んでみると、役に立つ内容や、ホロリとさせられる文章だったりするし、たいがい写真も付いている。枠組みのいろどりも豊かで、いろいろ工夫がしてあり、親しみやすいものになっている。

そういうことを見るにつけ、文章だけ表現手段じゃないと、つくづく思った。それはとてもいいことだ。色々な表現手段の中から自分に合った方法を、それも1種類だけではなく、何種類も組み合わせて表現する。文章自体も、型に捉われてなくて、自己表現がしやすい良い時代になった。こういうことは前から感じていたので、この種の自己表現の場に、僕の出る幕はないんだろうと思っていた。

お題も、普段あまり考えたことがないようなテーマで、これについて役に立つような文章なんかとても書けない。カメラも持っているが、写真は記録のために撮るだけで、ほんとの素人だし、絵や漫画なんかはとても無理。だからブログは文章だけで愛想がないし、それ以上の飾りのようなものも付けていない。そんなことで、せっかく応募しても落ちるんじゃあ、気が滅入るかなあ、とも思った。

それでも書けそうなお題があったので、軽い気持ちで出してみた。応募したのも忘れていて、ある日、入選にして貰っているのに、たまたま気が付いた。写真も付けず、文章だけで、今風の文体でもなく、論調は堅いし、こんな表現法でもいいと思ってくれたのかなあ、と素直に嬉しかった。古い表現方法も、多様性のひとつとして残るのだろうか、とも思った。

それからお題に投稿するようになった。やってみると、普段使わないような頭の使い方をしていて、視野が広がる気がするようになった。

大きな冒険だと大きな失敗も覚悟しなければならない。小さな冒険だと、得られるものも少ないはずだ。しかし、お題に応募するという小さな冒険で、自分の表現法でもいいんだという、純粋な喜びが得られた。それだけでなく、お題が提示する内容について考えるから、思考の世界がずいぶん広がって、自分の頭の使い方の可能性も知ることが出来た。この小さな冒険では、とても豊かな気持ちになれた。今回で定期的なお題は無くなるそうだ。1年くらい続けていたので、寂しいが、いい経験をさせて貰った。

 

時間を越えて生きる。

時間を、長いとか、短いとか感じることで、僕たちは、2種類の時間を無意識に使い分けていることに気が付きます。

人間の都合に関わらず、時間は均一に流れ続けています。この時間では、時間の長さが重要になる。会議が何時から始まって、何時に終るとか、駅まで歩くと45分かかるが、バスだと15分で着くとか、学校を卒業してもう40年にもなるとかです。時間は均一に流れているから、長さも一律に計算できる。

ところが、愉快な飲み会だと、待ち遠しいし、始まったら短く感じる。つまらない会議は長く思える。つまり、好き嫌いがある事柄だと、時間は一律に流れて行くのではなく、好き嫌いの度合によって、長くなったり、短かく感じたりしています。つまりこの時間には客観的な長さはありません。

もちろん時間が2種類あるのではなく、僕たちが2種類の時間を無意識に使い分けているのです。

時間の要素は、現在、過去、来未です。僕の未来はどんどん近づいて来て、現在を過ぎ、過去になっています。このように、僕たちは、一律に流れている時間の中にいて、刻々と年を取っています。ところがそれに拘束されている訳でもない。というのも僕たちは流されてはいるけれど、いつも現在にいるからです。

だから、僕たちは過去や未来を飛び回れます。現在から過去へ飛んで、小学校の頃の初恋の想い出に浸っ次の瞬間、現在から未来に行って、 1カ月後の外国出張の予定を立て、それからまた過去に戻って、20年前に亡くなった親友のことを思い出したりしています。

僕たちは死後の世界にも行けます。生命保険に入る時、自分が死んだ後のこの世界で、子供たちが僕の葬儀をし、保険会社からお金を受け取っている様子を、死んだ僕は上空から眺めています。実際に僕たちは、過去や未来の好き嫌いのある事柄を飛び回っている。

もちろん現在にいて、桜の花がもう少し長く咲いていて欲しい、と思ったりもします。

この客観的な長さがない時間を知っているから、多分、多くの人は幸せを感じることができるんでしょう。一律に流れている時間の中だけだと、人生はどんどん流れて行くばかりです。それはつらい。

僕も平均寿命まであと何年、と数える年になりました。それは一律に流れる時間の中の真実だ。だが、それでも僕は、今日も現在にいて、自分の過去や未来さえ、はるかに飛び越えて、ビッグバンを考えたり、宇宙の終わりでさえも想像しているのです。

その時僕は、間違いなく、諸行無常を越えているのです。

 

2022年3月20日 (日)

悲しみは徹底した思想によって表現されるべきでしょう(あなたの好きな曲は何ですか?)。

こないだ、ふと藤圭子さんの歌を聞きました。やっぱり「夢は夜開く」はいいですね。歌詞、曲、歌手、この3つが、高いレベルで調和している曲はそうはないと思います。怨歌と言った人がいるそうですが、藤さん以外には歌えない曲だ。歌われている絶望的なニヒリズム。です。

アリストテレスは、悲劇を見ると、心がスーとすると言いました。悲しい歌も同じでしょう。たしかにスーとして、同時に、悲しい曲を聴くことで心が落ち着く。自分と同じく悲しい人がいるのを知って、ほっとする=スーとするのかも知れません。この悲しい気持ちが本来の自分なのだ、だからこれ以上悪くはならない、という気もします。

もっとも好きな歌でも毎日聞くと飽きて来る。だから悲しい歌を聞いた時の自分の位置も、僕の一つの在り方に過ぎないということになりましょう。

ところで残念なことに、「夢は夜開く」では歌詞に一か所傷がある。それは藤さんのせいじゃないが、歌手も曲もいいのに、歌詞の一カ所が全体の雰囲気とズレているのは、どうも気になります。慎重に聴いてみて下さい。主題は徹底したニヒリズムです。著作権の問題もありますから、主要部分だけ抜き出してみます。

( 以下 Keiko Fuji - My Dreams Bloom at Night  Eng sub YouTube · 制作者 skymods 777E からの引用)

「赤く咲くのは けしの花 白く咲くのは 百合の花 どう咲きゃいいのさ この私 夢は夜ひらく」。

昨日マー坊 今日トミー 明日はジョージか ケン坊か 恋ははかなく過ぎて行き……」。「嘘を肴に酒をくみゃ 夢は夜ひらく」。「前を見るよな 柄じゃない うしろ向くよな 柄じゃないよそ見してたら 泣きを見た……」。

どのような立場、価値にも立つことが出来ない。徹底したニヒリズムの歌詞です。「どう咲きゃいいのさ この私」、「嘘を肴に 酒をくみゃ」いいですねえ。スナックで飲んでいる時の気分だ。「前を見るよな 柄じゃない うしろ向くよな 柄じゃない」。そうです、向くべき方向がない。

それにかすれたようなあの声。「夢は夜ひらく」と繰り返すことで、救いのかすかな希望も持っているようだが、それも極めて不確かだ。かえってニヒリズムの闇をさらに暗くしています。

ところがこの歌詞の中で、一カ所だけ全体と調和しない部分があるのは残念だ。最後の部分です。「一から十まで、馬鹿でした。馬鹿にゃ未練はないけれど、忘れられない、奴ばかり。夢は夜ひらく、夢は夜ひらく。」。なぜ「忘れられない、やつばかり」なんでしょうか。これでは全体の雰囲気が壊れてしまいます。というのも「昨日、マー坊、今日、トミー。明日は、ジョージか、ケン坊か……」だったはずです。全員、自分にとってはどうでもいい連中だ、という調子の歌だった。ですから、彼らが「忘れられない、やつばかり」になるはずがない。

全体がニヒリズムの中で、この部分だけが妙に救われていまこれはヒューマニズムだ。皆、名前も思い出せなくなって、おそらく自分も含めて「馬鹿にゃ未練はない」はずなのです。 そして自分は、今日も酒場街の路地裏をさまよう、みたいな詞であるべきでしょう。色々理屈は言えましょうが、ニヒリズムが不徹底だと、僕は思います。

悲しい歌でも、やっぱり救いが欲しいんでしょうか。それも悪くはありませんが、徹底した思想であってこそ、真の悲しみが表現できるのでは。悲劇も、救いがないから悲劇なのであって、最後に救いが来ると、それは下手な喜劇になりかねない。それではアリストテレスの境地に達しない。

それにしても、藤さん自身が悲劇的な死を選ばれたことで、ニヒリズムが完成してしまったのは、痛ましいことです。歌詞の傷など、現実のニヒリズムに押し流されてしまいました。

«興味のないことに興味を持つことで頭を活性化する(2022年今年の抱負/やりたいこと)