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2021年2月19日 (金)

『麒麟がくる』の光秀は・・・・・・。

  それで光秀です。今回の描き方は、逆転の秀吉、信長に比べると、正攻法と言うべきでしょう。現在の日本の国是は民主主義、平和主義です。国営放送のNHKがそれを外すわけにはいきません。なので大河ドラマの主人公は全員、民の幸せと天下が平らかになることを目標とします。信長、家康、謙信、信玄、だれが主役でも、これを理念とすることになります。むしろ光秀さえもそうだったという性格付けで、それを信長を倒す原因としたことは、「なるほどなあ」と納得しました。
  それでも主人公ですから、大義名分だけでは性格や行動など細かい表現はできません。信長に気に入られた最大の理由は、秀吉同様「仕事ができるやつ」という能力なのは間違いありません。なので、秀吉の品のなさ、現実主義とは違った意味で「仕事ができるやつ」という場面が欲しい所でしたが、要求しすぎでしょうか。秀吉との対比では、品の良さは表現できていましたが。
  光秀がセリフなしで黙っているのは、つまらないセリフを喋るよりは良かったのですが、表情にもう少し意味を含めても良かったのでは。表情が分かりにくい場面がかなりあった印象です。
    しかしこの脚本全体では、説明的に喋り過ぎて役柄が軽くなるセリフがなく、その分発言に重みが出て、訴求力はあったと思います。また山崎の合戦など、誰もが知っている場面を描かずに済ませる手法は、各所で驚かされましたが、それなりに理解できました。
    光秀を主人公にするドラマはこれからも作りにくいでしょうから、今回の光秀が今後の基準になるのでは、と感じました。

  歴史的事実という点でどのドラマでも問題になるのが、狂言回しです。否定的な見解もかなりありました。しかし例えば、丹波攻めが決まったら、「さあ攻め込もう」という訳ではなくて、状況を探索し、調略し、内部撹乱して、それから実戦になるはずです。そういう前段階の一部を伊呂波太夫のような職種の人たちが担うのは、ありえることでしょう。
  すると「駒ちゃんや東庵先生も必要なのか」となります。この人たちが、朝廷や足利義昭と親しいのは、歴史的事実との一致の検証は難しいでしょうが、むしろドラマの中で一息つく場面と考えていいのでは。歴史的事実とその関連ばかりでは、視聴者は息苦しくなるのかもしれません。

  義景、義昭、正親町天皇など上手な役者さんを揃えていたので、個々の場面に重みがありました。単に人気があるだけで脇役にでも配するのは、やはりドラマの質を低下させると確信できた配役でした。
  帰蝶は道三の娘らしく、怜悧に策略を働かせるのはありそうなことで、可愛いばかりでは、戦国武将の妻は務まりません。代役での出演でしたが、最初からこの役者さんで良かったのではと思った人も多いのでは。
  全体としてすがすがしい作りで、役者さんの選び方も良くて、悲劇的な最期のはずなのに、さわやかな後味だったと、僕は感じました。

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