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2021年11月

2021年11月15日 (月)

晴天を衝け②運命に打ち勝つ方法。

幕末から明治にかけてのドラマはしょちゅうありますね。今回の渋沢栄一は、農民から、幕府側の武士、しかも最後の将軍の側近になり、尊王攘夷から対外協調へ、幕府側から新政府側へ、さらに政府から民間へ、その立場は、逆転に次ぐ逆転、まったく目が回るとはこのことです。

従弟の成一郎も、一橋家で出世し、飯能戦争を指揮し、函館でも指揮官のひとりとして戦いました。仲間を大勢殺されたはずですが、維新後は新政府に出仕し、それも辞めて、商人として大しました。

両者とも、江戸と明治どちらの時代でも、成功した人生だったと言えましょう。

こういう激動の時代を生きた人の生涯を見ると、運命ということを考えざるを得ません。部分的には、意志の力で、状況を改善するとか、突破もしたでしょうが、個人の意志や先見力だけでは、とてもこういう人生にはなりません

しかし逆に、こういう人たちの人生の軌跡を、運命だけで説明するのも難しい。どういう状況でも前向きに努力したのは確かですが、意志や先見性で、あんなにうまく行くような時代じゃない。どうも腑に落ちません。

僕が思うに、彼らには、運も意志も先見力もあったのは確かですが、さまざまな要素の中で、一番なのは、自分の思想や気持ちに拘泥しなかったことではないか。拘泥しないどころか、180度転換できるという性格です。これがこの二人に共通する能力のように思います。彼らの周囲の人々は、どちらの側にしても、そうでなかった人の方が圧倒的に多かったのではないか。そういう人たちは、このドラマの各所に出てきます。しかし脇役としてです。

福沢諭吉は瘠我慢の説」(やせがまんのせつ)の中で、勝海舟と榎本武揚の功績を部分的に認めながらも、新政府に仕えたことを非難しています。特に榎本は、彼の下で戦って死んだ者たちに対して顔向けできるのか、ということです。世が変わったからには、そのような「世を遁れて」、幕府に出仕していた時の「功名」を汚さないようにと、諭しています。やせがまんすべきだ、ということです。

渋沢栄一たちは、勝や榎本ほどには、幕府の中枢にいた訳ではありませんが、それでも立場は同じです。もちろん二人も、肉親を殺されたりして、内心では思う所は多々あったでしょう。心の中では生涯悩んだはずだ。しかし行動や実人生の立場は、はっきりと180度転回しているのです。

現在の我々からすると、そういう真逆の思想を、心の中でどう整合させたかを描いてほしい気もします。勝海舟は、誉めたり貶したりするのは他人がすること、と福沢に取り合いませんでした。榎本はその内お答えする、と言いましたが、直後に福沢が亡くなって、答えないままでした。

栄一たち二人の気持ちを聞いてみたいものですが、そのような心理描写は、ドラマとしての面白さがないんでしょう。

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